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   Summer〜奈夏〜
     Written by 旅人



『あさ〜、あさだよ〜。朝ご飯食べて学校に行くよ〜。』

 ん……名雪の声が……。

『あさ〜、あさだよ〜。朝ご飯食べて学校に行くよ〜。』

 んぅ〜……ぁ〜…目覚ましか。


   カチッ


「ふぃ〜。相変わらずやる気が起きないんだよなぁ、この目覚ましは。」

 布団から手を伸ばして目覚ましを止め、そう言うと祐一はムクリと起き上がる。


   シャッ!


 カーテンを勢い良く開く。

 すると真夏の太陽から降り注がれた光が窓の中まで入ってくる。

「………なつ……かぁ〜。」

 一つ呟いて俺は速攻で着替え、自分の部屋を出て1階へ降りていった。



 朝食も食べ終わって幾分か経った頃。

「なぁ、あゆ。」

「うぐ?なぁに?」

「お前には『夏』と言う季節の常識は無いのか?」

「うぐ?」

「だから、わざわざくっ付くな!暑いだろっ!」

「え、で、でもココはクーラー利いてるし、ボクは祐一君の隣なら暑くても良いし……」

「確かにクーラーは利いてるし、あゆの隣なら少しくらい暑くても我慢は出来る!
 だがな、いくらクーラーが利いていても夏というだけで暑苦しくて疲れるのに、ピッタリと引っ付いている必要は無いだろ!」

「う、うぐぅ……」

 あゆが赤い顔して俯いてしまった。どうやら前半だけを聞いて、後半は聞いていなかったようだ。

「うぅ〜……」

 俺はあゆから少し離れた所に座る。

「うぅぅ〜〜……」

 そして、テレビの方に視線を戻す。

「うぅぅぅ〜〜〜……」

「だぁー!もう、うるさいぞ、名雪っ!」

 唸るな、ご近所迷惑だ!それほど大きい音じゃないけど。

「うぅ〜、祐一〜、私は〜?」

「へ?何が『私は〜?』だ?」

「私が隣にくっ付いてても我慢できる?」

 どうやら、さっきのあゆとの話を聞いて、名雪も言って欲しいらしぃ。

「まぁ、我慢できないって程ではないな。」

「ほんとぉ?」

 名雪が少し嬉しそうに聞いてくる。

「あぁ、本当だ本当だ。」

 嘘だって言って、後で面倒臭い事になるのは嫌だったので適当に流しておく。

 まぁ、嘘じゃないから良いんだけど。


   ピンポ〜ン


 不意にチャイムの音が聞こえてくる。そういえば、水瀬家のチャイムって結構普通のやつなんだな。

 秋子さんの事だから、『了承』とか『ジャム』とかいう類のやつなのかと思った。

 まぁ、どういう音になるのかは想像もつかないが。

「あ、はぁ〜い」

 名雪がパタパタとスリッパを鳴らしながら誰とも知らないお客人をお出迎えに行く。

 俺は全く関係ないから、今テレビでやっている『ゴーゴーアキちゃん〜世界の平和は私が守るんですっ!〜』に目を移す。

 ちなみに、秋子さんはこの番組にはまっているらしい。

 秋子さんくらいのお方となるとこの手の番組には興味が無いんじゃないかと思っていたが、

 途中から見た俺でもはまる位のストーリー性の良さに、秋子さんがこの番組にはまった理由が分かった気がした。

「祐一、お客様だよ。」

 俺がテレビに目を向けて、いざ集中してみるぞ!となった所でお客人をお出迎えに行った名雪が戻ってきて俺を呼んだ。

「え?俺?」

「うん、そうだよ」

 俺に用がある客と言うと……。

「北川か?」

「ううん、違うよ〜。綺麗な女の人だよ。」

 俺に用がある女の人?誰だろ。

 そういえば名雪がさっきから睨んでいるような?

 ぐあ、あゆも何かこっちみてるし……。

「とりあえず、行ってくる」


 リビングを出て玄関に向かう。そして玄関に居た人は………。


「ぁ、お兄ちゃん。お久しぶりです。」

 そう言って、俺の脇から背中に腕を回して俺に抱きついて胸に顔をうずめて来る少女。

「え……あ、な、奈夏(なつ)なのか?」

「はい、お兄ちゃん。奈夏です。本物の奈夏ですよ?」

 俺の胸に顔をうずめていた奈夏が顔を離し、そして言うとまた顔をうずめた。

「あ〜…とりあえず家に入ろう。聞きたい事は沢山あるんだが、麦茶でも飲みながら聞くとしよう。」

 祐一は奈夏の肩に手をやり、体を離すと開きっ放しの玄関の扉を閉じるべく体をずらした。


  ズル……ドサッ!


 玄関の扉に手をかけて閉めるのとその音が聞こえたのは、ほぼ同時だった。

「!?………奈夏っ!」

 倒れた奈夏を抱き起こし、声をかける。そして、顔色を見つつ熱を測ってみる。

「………熱中症だな、こりゃ。」

 奈夏を抱き上げリビングに向かう。クーラーの利いて涼しいリビングでソファーにでも横にさせ、

 水分を取ってれば直ぐに良くなるだろうと見越しての事だ。

「ゆ、祐一。どうしたの?」

 玄関からリビングに行く途中、俺の声を聞いてか、出てきた名雪とあゆと秋子さんが居た。

「あぁ、このクソ暑いなか歩いてきたから熱中症にかかったらしくてな。全く、体が弱いのに無理してさ〜。
 とりあえずリビングで横にさせて水分を取らせようと思うんですけど……良いですか?」

 もはや帰ってくる返事は1つしかないと分かっていても家の長である秋子さんに聞いてみる。

「了承」

 もう速攻だ。1秒なんてもんじゃない。言い終わるのを待っていたかのようだ。

「それじゃ私、スポーツドリンクの粉を取ってくるよ〜」

 奈夏をソファーに寝かすと、名雪がそう言って2階の自分の部屋へ走っていった。

 といっても、やっぱり急いでいるようには見えないが。

「う、うぐ…ボクも何か役に立ちたいんだけど、何をしたら良いのかな?」

「それじゃ、あゆちゃん。貴女はこのタオルを祐一さんに持っていって、
 それが終わったら名雪が持って来るスポーツドリンクの粉を水で溶かしてくれる?」

「うん、分かった。ボク、頑張るよっ」

 このあと、奈夏が目を覚ますまで名雪やあゆが代わる代わる手伝ってくれた。

 名雪とあゆには後で奢ってやらないとな。

「ぅ……ぅう〜……ん…」

「お、奈夏。気付いたか?奈夏〜?」

「ん〜…お兄……ちゃん?」

「おう、お兄ちゃんだ。」

「お兄ちゃ〜ん♪」

 奈夏はバッと起き、俺の頭に腕を回して抱きつく。

「うぅ〜、祐一君、なにやってるのぉ」

「う〜、ずるいよ〜」

「まぁまぁ2人とも。祐一さんその方を私たちに紹介してくれますか?」

 俺は抱きついている奈夏を剥がすと3人の方を向いて紹介をした。

「え〜、こいつは相沢 奈夏(あいざわ なつ)と言って、俺の妹です。詳しい話は長くなるから省略するけど、
 かなり前に俺の妹になりました。詳しくは奈夏に聞いてくれ。ちなみに歳は1つ下だ」

「うぐぅ、ボクよりも大人っぽいよぉ〜」

 という嘆きが聞こえてきたのは、出来る限り無抵抗でスルーだな。

「えと……相沢 奈夏です。お父さんお母さんと一緒に海外に居たんですけど、
 体が弱いからって事で私が頼んで兄の祐一お兄ちゃんの所に一緒に住むことになりました。
 なゆちゃんと秋子さんは前に何回かあったことあると思うけど、よろしくお願いします」

 って事は知らないのはあゆだけだったのか。秋子さん、それとなく紹介させるの上手いな。

「うん、よろしくね。奈夏ちゃん」

「うぐぅ。ボクもよろしくね、奈夏ちゃん」

 こうして奈夏がこの家の家族として認められたのだった。



 奈夏が水瀬家に着いてから幾分か経った頃。

 今、名雪とあゆが奈夏と3人で話している。奈夏は俺の隣を動こうとしないからこっちまで聞こえてくるけど。

「ねぇ、奈夏ちゃん。海外はどうだった?ボク行った事無いから分からないんだよ〜」

「えっとですね。海外には………」

「へぇ〜、そうなんだ〜」

「それじゃぁ………」

 ココで聞いていても楽しそうだと言うのがうかがえる。

「あらあら、皆さん楽しくお話も良いですけど、そろそろお夕飯ですよ?」

 秋子さんがテーブルに料理を並べつつ微笑みながら言ってくる。

「今日は奈夏ちゃんのお引越し祝いと言うことで、少し張り切って作っちゃいました」

 秋子さんはそれはもう楽しそうに言う。

 料理を並べ終わり全員が席に着いてコップを持つ。誰が音頭を取るのかな?と思っていると

「お兄ちゃん音頭とって?」

「あらあら、奈夏ちゃん。相変わらずなのね。それじゃ祐一さん。主役さんからご指名がありましたんで音頭お願いします。」

「はい。ではでは。義妹、奈夏の引越しを祝って、カンパーイ」

「「「「カンパーイ」」」」


   カコカコン!


 子気味良い音が幾つかして皆がコップを口にする。

「それでは、皆さん沢山食べてくださいね?」

 秋子さんが皆に進める。

「はい、それでは頂きます」

 俺は秋子さんに言われた通り、沢山食べた。あゆは、うぐうぐ言いながらも楽しく沢山食べれたようだ。

 そして、秋子さんは終始笑顔だった。




 小規模だがパーティーが終わり、風呂も入ってすることが無いからリビングでテレビを見ていると、

 たった今風呂から上がったのか、髪を湿らせた奈夏が隣に寄り添うように座る。

 その目は、風呂から上がったばかりだと言うのに眠そうだ。

「奈夏?眠いのか?」

「ぅ…ん?大丈夫らよぉ〜?」

「舌が回ってないぞ?」

「ん〜……お兄ひゃんが起きてるらら、わらひもおきてりゅ〜」

 そんな事を言ってくる可愛い義妹に自然と笑みがこぼれて来る。

「それじゃ、俺ももう寝るから奈夏も寝るか?」

「うん………ほうふう〜……すぅ〜」

 殆ど寝てしまっていて歩けるかどうかも分からない義妹を抱きかかえ、2階の自室に行く。

 落ちないように奈夏を壁側の布団に寝かせ、俺は手前に横になる。夜とはいえ今は夏。

 まだまだ暑いからタオルケット1枚を俺と奈夏の両方にかかるようにかけると目を閉じ、夢の世界への扉を開く。





   こうして、とある夏の日は過ぎて行った。





 To be continued



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