ダイエット

「なぁ、名雪…?」

「うん?なに、祐一」

「一つ質問、良いか?」

「うん、良いよ。
 どうしたの?」

「あのさ……」

「うん」

「あの……」

「……?」

「俺の……奴隷、なってみる気ないか?」

「………………」

「…………………」

「……………………」

「………………………」

「…………え〜〜〜〜〜〜!!




     奴隷体験
       Written by 旅人




 今は冬休み真っ只中のアフタヌーン。
 名雪は午前中部活に行ってきてさっき一緒に昼食を摂り終ったばかり。
 秋子さんは仕事に出かけていてこの家にはいない。
 真琴は保育園のバイトで、あゆは……あゆは………?

「あ、あのあの、確かにお母さんと真琴は仕事に行ってるしあゆちゃんもいないけど、
 わ、わたし、そういうのは良くないとおもうよっ、うん」

 普段のんびりな名雪からは想像も出来ないような機敏な動きでパタパタと手を動かしている。

「で、でもねっ、いや、とかじゃなくて、その……ま、まだ祐一とはそういう関係じゃないし……
 で、でもでも、祐一とはこっ恋人……だし………」

 まだ、って事はいずれは『そういう』関係になりたいのかな?
 そんなことを思いながらしばらく名雪を観察してみる。

 う〜ん、普段より断然動きが早いぞ。
 これを毎朝、寝起きに使えば遅刻ギリギリのデスマッチなんかしなくても良いんじゃないだろか?

 でも、普段から慌てるという言葉を知らないが如き落ち着いた行動をする水瀬親子(この場合、子のみだけど)の、珍しく慌てた姿を見れた。
 うん、結構かわいいもんだ。

「ストップだ、名雪。
 暴走するのも良いが、俺の話を聞いてくれ」

 先ほどから赤くなったりパタパタてをふったりしている名雪の前に、某ギターを持った侍(残念っ!)のように掌を見せて止める。

「でも、さっき、その……ど、奴隷…って」

 名雪が『奴隷』という言葉に自ら顔を赤らめる。
 恥ずかしいなら言わなきゃ良いのに……むぅ、こっちまで照れるじゃないか。

「あぁ、言った。
 確かに言った。
 だけど俺が言ったのは奴隷だけど奴隷じゃない、奴隷じゃないけど奴隷なんだ」

「………意味わかんないよ」

 安心しろ、俺もわからん。

「要するところ、奴隷というよりも、メイドさんだ、メイドさん。
 名雪も佐祐理さんの家に行ったことあるだろ?
 そこにいるようなメイドさんやってみないか、ってことだ」

 確かこの前一緒に佐祐理さんの家……というか、屋敷に行ったから憶えてるはずだけど。

「え、あのメイドさん?」

「あぁ、どのメイドさんか分からんが、そのメイドさんだ」

 名雪は佐祐理さんについてたメイドさんと異様に息が合って、ずっとその人と喋くりあってたな、そういえば。

「う〜ん、だけど、わたし普通の高校生だし……」

「所詮ごっこ遊びだ」

「で、でも、今日の晩御飯、私が当番だし……」

「大丈夫だ、準備の時間になったらやめる」

「え、えっと……でも、言うことを聞くって言うのは……

「言葉遣いと、軽い用事とかだけだ」

「え、え〜と………」









 と、言うわけで、それから名雪はかなり粘ったが何とか説得することに成功した。

「う〜、今日の夜、本当に一緒に祐一と一緒に寝るからね」

 そう、これが俺に出された交換条件。

 百花屋のイチゴサンデーの方が良いんじゃないかと提案はしてみたところ、祐一と過ごす方が良いよ〜、とのこと。

 で、メイド服を着せないまでもメイドさんになってもらった訳だが………。

「え〜と、何をすれば良いのかな?」

 と、メイドさんをやる気が全くもって感じられない。

「違うぞ名雪、メイドさんは基本的に敬語だ。
 何をいたしましょうか?だ」

「ぁ、そうだ…そうですね。
 何をいたしましょうか、ご主人様?」

 うん、それでいい。

「って、なぜに疑問系?」

「だって、ご主人様ってなんか違和感があるんだよ〜」

 むぅ、文句言いおって。
 まぁ確かにメイドさん慣れ(?)してない人はご主人様なんて呼ぶのに違和感を感じてもしょうがないかもな。

「む〜、じゃ名前はそのままで良い、けど丁寧語とかはしっかりしてくれよ?」

「う…じゃなかった、はい、祐一……さま」

 うむ、ちょっと「うん」って良いそうだったけどちゃんと言い直したな。
 しかも自分から「さま」をつけるとは……俺的ランクアップだ。

「じゃ、とりあえずお茶をくれ」

「う……はい」

 また「うん」って言いそうになったが……まぁ、許容範囲だろう。
 キッチンの方でゴゾゴソやって、しばらくしたらお盆にお茶を乗せた名雪がやってきた。
 そして、俺の前のテーブルにコトリと置いて

「はいどうぞ〜、粗茶ですが」


 ズベッ!


「って、ちょっとまてぃ!」

 体全体を使ってスベッテいた俺はガバチョとばかりに立ち上がった。

「わ、びっくりしたよ〜」

 ……嘘をつけ。

「名雪、自分の雇い主に粗茶をだすのかお前は!」

「……………」

 自分が言ったことを思い出しているようだ……。

「……わっ、びっくりだよ〜」

 ……にしてはビックリしたように見えない。
 最初の驚きようはいずこへ?

「そういう時は、普通に『お待たせしました、熱いのでお気をつけください』で良いんだ」

 スックと立って名雪からお盆を奪い取り、そう言いながら再びお茶テーブルへと置く。

「このときに食器の音を出さないのがベストの様だぞ」

「ふぅ〜ん……」

 先生のように教えてみたら、名雪もメモ帳に何かを記載している振りをする。
 うん、ノリが良い子は好きだぞ、先生。

 折角だからテーブルに置かれたお茶をすする。

「………美味い」

 思わず漏れてしまった。
 ふと名雪の顔を見ると、にっこりと頬が緩んでいる。

 う……ま、まぁそんなことが有っても良いだろう。
 別に厳しくするのだけがメイドに対する態度じゃないだろうし。




 ずずず……
 しかし、本当に美味い。
 どっかの有名なところの茶葉なんだろか?
 俺が聞いたところで分からん訳だがな。

「祐一様、おかわりど……いかがですか?」

 名雪にお茶を入れてもらって………というか、それすらちゃんとなってなかったから俺が自ら入れて教えながら、
 もう数杯飲んでも、まだ飽きが来ないほどにお茶が美味かった。









 で、お茶でタプンタプンのおなかで名雪に質問。
 あ、夕飯の支度の時間が迫ってるな………。

「名雪、マッサージしてくれるか?」

 今、腰をかけているソファーに横になる。
 返事を聞かずにマッサージを受ける体勢に。
 要するに強制。

「うん、いいよ〜」

 しゃべり方が戻っているのは、さっきお茶を飲んでいるときに何度も言い直しているのを見かねて、
 俺がやめさせたから。
 別に名雪が俺からの罰を望んでいるのではない…………と思う。たぶん。

「で、どうすれば良いの?」

 名雪がうつぶせになっている俺の腰に座って聞いてくる。
 ……本当は、仮にも主人なんだからダメなんだぞ?
 と心の中で言ってみる。

「腰辺りから、揉むって言うか、押すって言うか、上げるように肩までやってくれ」

 前、学校で香里にやってもらったとき気持ち良かったからな。
 っていうか、そういや香里だけじゃなく佐祐理さんとか舞とか俺が「疲れた」って言うとすぐにマッサージしてくるよなぁ。
 みんなってそんなにマッサージに自信あるのかな?
 ふむ、謎だ。

「って、ああぁ、違うそうじゃない。こう、上げるようにだ」

 首だけを後ろに向ける。

「う〜、分かんないよ〜」

「どけ、こうだ。こう」

 背中に乗っていた名雪をうつぶせにして腰から肩の方まで押し上げていく

「ふううううぅうぅぅ……きもちぃ〜よ〜」

 声を聞くだけでリラックスできそうな程の名雪ボイス。

「こんな風にやるんだ、はいチェンジチェンジ」

 再び俺がうつぶせになり、名雪が背中へ……。

「う…んしょ。
 こう、かな?」

 う〜ん、さっきより上手いと思うが、やっぱり違う。

「ん〜、何か違う。
 もっかいやってやるから、憶えろよ?」

 もう一度名雪をうつぶせにして、腰から肩へ、肩から腰へ………。

「……んぅうぅぅうぅ、きもひいぃよぉぉぉ……」

 ……うん、やはり俺のやり方で良い様だ。
 あとは、名雪が覚えるだけなんだがね。

「と言うわけで、チェンジだチェンジ……って、名雪、お前夕飯の準備は?」

「んぅ………あ、もう時間だぉ〜」

 今のマッサージで眠気スイッチの入りかけた名雪に夕飯準備の時間であることを告げると、
 名雪はふらふらとキッチンの方に歩いていってしまった。




 うむ、名雪を奴隷(メイド)にしお茶入れてもらったり、マッサージしてもらうという
 普段なかなか出来ないことをしてもらったし、これで良しとするか。  うん。


 はて、なんか、やってたのは俺だけだと思うのはナゼだろう?
 ふむ、まぁ気にすることはないさ、ハハハハハ…………!




   END




その晩

「ん〜………祐一ぃ、ピロが一緒に寝たい……って……」

「…………うにゅ〜、ゆーいちー」

「ま、真琴。
 わ、悪いが今、満員で………」

「あう〜〜〜!」

「マテ、お前が来るとキツクて……」

「名雪!ずるいわよぅ!真琴も隣で寝るのっ!」

 そんなこんなで朝、秋子さんはベッドで見事に手足が絡まった3人の姿を見たとか見ないとか………。




   本当に終わり



   戻る