プレゼント

   そんな貴方が大好きです
     Written by 旅人



香里「ねぇ、相沢君」

祐一「…………」

香里「ねぇ、相沢君、相沢君」


   ゆさゆさ


 香里が祐一の肩を揺らす。

祐一「…………」

 それでも祐一は反応しない。

香里「……はぁ、流石は名雪の従兄妹ね」

 香里はそう言って教室の扉のほうに歩いて行く。

祐一「……ん…ぁ、もう朝かぁ?」

 ふぁ〜〜、と間抜けた声をあくびと一緒に出して祐一が起きた様だ。
 扉まであと数歩という所まで行った香里がきびすを返して祐一の方まで戻ってくる。

香里「おはよう、相沢君。もう朝よ、というより朝だから学校に来てるんでしょ?」

祐一「ん……あぁ」

 祐一はいまだ眠たげに目を擦りつつ返事を返す。

香里「駄目よ、相沢君。朝は『おはよう』よ?」

 毎朝、名雪に言われている事を香里が言ってきた。
 名雪じゃない人が言うと何か新鮮だなぁ、と感じたのは秘密。

祐一「あぁ、おはよう」

 とりあえず、香里に言われた通りに挨拶を返す。

香里「ところで、今日はどうしたの?こんなに早く来て。」

 周りをみても教室の中にはまだ誰の気配もない。
 今、この教室(せかい)に居るのは祐一と香里の2人だけ。

祐一「ん?あぁ、ちょっとな」

 香里の質問の返事もそこそこに、そのまま扉のほうに向かう。

祐一「ちょっとトイレ行ってくるわ」

 扉を開けて教室に居る香里に向かってそう言うとトイレには行かず、
 その前を通り過ぎ、階段を上って屋上に出る。

祐一「ふ〜、流石にこの時期は寒いな」

 両腕で自分の肩を抱く。

祐一「さて」

 屋上を囲むように建てられたフェンスに近づくと、大きく息を吸いこむ。
 この時期の空気は冷たくて、鼻から、気管から、肺までもが凍りつくかのようだ。
 そんな事を思いながら祐一は歌い始める。



祐一「………ふぅ〜」

 歌を歌い終えた祐一は、少しの余韻を感じているかのように少しの間動かず、
 歌った時の姿勢のまま空を見上げていた。

祐一「………」

 そして無言で踵を返し、教室に戻るべく歩み出したところで気づいた。
 階段から屋上に通じる扉の陰で独特のウェーブが掛かった髪が見え隠れしている事に。

祐一「………香里」

 静かに、だが香里に聞こえるように声を出す。

香里「…………」

 名前を呼ばれた香里は少し気まずげに出てくると、祐一の方へと進んだ。

香里「え、え〜と……」

祐一「………聞いたのか?」

 静かな、落ち着いた声で聞いてみる。

香里「え、えと、盗み聞きしようとか思ったわけじゃないのよ。
  その……相沢君がなかなかトイレから戻ってこないから心配になってトイレの前まで行ってみたら歌が聞こえて、それで……」

 祐一が怒ってると思ったのだろう、香里が珍しく慌ててる。

祐一「そうか」

香里「今の歌………なんだったの?」

祐一「今の歌……歌と言うよりも、思った事をただ言葉にしただけさ。歌なんて素晴らしいものじゃない」

 一度そこで口を止めた祐一は、空を見上げると再び口を開いた。

祐一「俺は………大分前……この町に来る前に、大好きな人を亡くしてしまったんだ………」

香里「…………」


 その時の事をしゃべり続ける祐一と、その言葉を静かに聞き続けている香里。


祐一「………で、俺は毎年1年に1度その人の事を想って歌を歌う事にしたんだ。
  その日を彼女の居なくなった日にして。それが今日、という訳さ」

香里「……そう、ごめんなさいね。盗み聞きみたいな事をして」

祐一「いや、わざとじゃないんだ、しょうがない。それに……」

香里「それに……?」

祐一「今日の歌には違う意味も込められていたから」

香里「……そう」

祐一「今日の歌には……彼女に俺が決意した事を乗せて伝えたんだ。今日、香里に俺の想いを伝える……という…な」

香里「え……それって………」

 香里は頭の中の情報がまだ上手く整理出来ていないようだ。

 祐一は深く息を吸い込むと、歌を詠う時と同じように柔らかく、しかし決意を聞かせるかのように確り(しっかり)と声を放った。

祐一「美坂 香里、俺は、貴女の事が、大好きです。」



   END



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