キャッシングValue

   16.何味?
     Written by 旅人




「彼方さんや」

 俺が毎日恒例の水汲みの為に歩いていたら後ろから声が聞こえてきた。

「ん?……ってなんだ、芽依子か」

 後ろに振り向いたそこには手に本を抱えたスパッツ嬢の芽依子が歩いて来ていた。

「なんだとは酷いではないか、この美少女に向かって」

「自分で言うな自分で。
 で、今日は何だ?俺は芽依子に何かされるような事はしてない筈だが」

 つぐみさんが誠史郎さんの所に行って迷惑はかけてるかも知れないが、それが俺に直接関係ある訳じゃないし。
 澄乃をからかっていじめてる訳じゃ………わけじゃ………ない、訳でもないかも知れない。
 が、まさかそんなことで制裁に来るほど暇人じゃない筈だし………。

「なんだ、用が無ければ来てはいけないと言うのか、彼方さんは。
 せっかく独りでは寂しかろうと心配して付いて来た年頃の乙女を
 必要ないから、と言う理由だけで簡単にポイ捨てするような男なのか彼方さんは!」

「全然はなしが違くなってるぞ!」

「うるさい、今大事なのは『女を簡単に捨てる男なのか』と言う事だ」

「いや、そういう訳じゃな……」

「では良いではないか」

「…………」

 それから瀧の所まで芽依子は大人しく付いて来た。
 何かされるのはイヤだが、ここまで静かだと何か仕組まれているような気がしてならない。
 黙っていれば容姿は良い筈なのにな。


   ザザー……


 瀧に着くとまず初めに、この仕事2番目の楽しみである昼飯を摂ることにする。
 背中のカバンから弁当をだして、瀧から飛んでくる飛沫が当たらないような所に腰掛ける。

「そう言えば芽依子は飯、持ってきたのか?」

「ん、いや、持ってきてない」

「…………やらんぞ」

 背中に弁当を隠し、芽依子から遠ざける。

「昼飯なぞ食わんでも大丈夫だ。
 それより彼方さん、気を付けぬとイタズラ好きの猿どもが弁当を……」

 芽依子の話しを聞いていたら、手の弁当が突然重くなった。
 そして、あっと言う間に手から離れてしまう。
 驚いて振り返ってみれば、そこには弁当箱を持って逃げる猿が2匹……。
 まて、と声を出す間もなく木々の間に逃げてしまい、姿が見えなくなってしまった。

「だから言ったのだ」

 気づけば芽依子が哀れみの眼差しでこっちを見つめていた。

「……う、うるさい」

 はぁ、俺の昼飯……。

「………はら、へった」

 言ってみるものの、そんなので腹が膨れるわけも無く、腹がグゥ〜と音をたてるだけ。

「こうなったら早く終わらせて澄乃に飯作ってもらおう」

 これしかない。
 その為にはまず、ポリタンクに水を汲まなくては。


   ゴプゴプ……


 ザーザーと滝の音がうるさいが、タンクの中には少しずつ水が溜まってきている。

「……か……たさん」

 声が聞こえた気がする。
 瀧の音のせいでよくは聞こえないが。

「あん?」

 水を汲んでる最中で後ろは振り向けないから声を出す。

「あの……質問……しても良いか?」

「あぁ、構わないが」

 瀧の音、うるさい。

「その……彼方さんは………の味って知ってるか?」

 あ〜、瀧の音がうるさくて肝心のところが聞こえなかった。

「あ〜、悪い、もう一度言ってくれ。
 瀧の音がうるさいから、出来ればもっと大きな声で頼む」

「……も、もう言わんからな。
 その……キス……の味を知ってるか、と聞いたんだ」

 瀧の音がまだザバザバとうるさいが聞き取る事は出来た。
 が、芽依子が言いそうも無い言葉を聞き、耳を疑ってしまいそうだった。

「そう言う芽依子は知ってるのか?」

 そんなもの俺は知らない。
 何でいきなりそんな事を聞くのだろう。

「……ぅ、わ、私も知らんから聞いたのだ!」

 まぁ、確かにそうだ。

 でも、確か以前どこかで

「レモンの味、とか聞いたことあるぞ」

 いっぱいに水がタンクをドンと置いて蓋を閉める。
 水に漬けっぱなしだった為、手がかじかんで上手く閉められない。

「ほ、本当か?」

「さぁ、俺はしたことが無いからなぁ。
 あくまでも聞いた話だ」

 片方は閉まった。
 よし、あと一つ。

「レモン……か」

「何なら試してみるか?」

 蓋を閉め終わったポリタンクから芽依子に視線を移す。

「で、では、たっ試してみようではないか」

 顔を真っ赤にさせた芽依子が上ずった声を出す。
 そんな芽依子に近づく。

「本当に言いのな?」

「ば、バカもの!い、今さら……いやなどと……言うか、バカ

 段々と勢いが無くなっていく、と同時に顔も段々と俯く。

 そんな芽依子の顎に指を当てて顔を持ち上げ、上を向かせると

「「んっ………」」

 お互いの唇と唇を重ね合わせた。

 初めてのキスが芽依子の柔らかくて瑞々しい唇。
 目の前の芽依子は顔を更に真っ赤に染め上げているが、恐らく自分も同じくらい真っ赤だと思う。

 永いのか短いのか分からない時間の間合わせていた唇は、気づけばどちらとも無く離れていた。

「で、味はどうだった?」

 初めてのキス。
 その恥ずかしさを誤魔化すために目の前の女性に聞いた。
 芽依子は惚けたまま。

「………ぁ」

 時間差で気づいたようだ。
 顔は未だに真っ赤。

「で、お味の方は?」

 再び聞いて自分の頬の熱が更に上がった気がする。
 芽依子の方も俯いてしまった。

「………あの……彼方さんの……………」

 ぼそぼそと聞こえてくる答えに顔が一層赤くなった気がした。

 俺は芽依子から離れるとポリタンクの所まで行き、両手にそれを持つ。

「お、俺も……同じだ」

 そう言うと、2人で一緒に山を降り、龍神天守閣へと向かった。




   Fin.






※※※あとがき※※※
 はい、SNOWで創ってみました。
 こんなの俺の芽依子様じゃねぇー!って方、スイマセン。
 勘弁しちゃってください。
 本当はしぐれさんで作れば良かったんですけど………。
 つづきは自己完結ってことでヨロシクッ!
 こんな小説ですが、読んでくださって有難う御座いました。
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